加古川市のニッケ専用線2

いきなり第2回目で訂正で申し訳ないが、
ブログ公開後に本格的な調査をしたところ、数々の新事実が判明した。
はじめからきちんと調べておけば良いのだが、
このように新たな新事実が判明していくことも、
廃線跡調査の醍醐味であるとご容赦していただきたい。
また、本来なら第1回目に書くべきであるが、
殆ど記録も見られないこの専用線の調査を、
地元のファンとしてできるだけ記録していきたいと考えております。

まず第一に、加古川を渡る現役時代のニッケ専用線の写真を発見した。
25年近く謎に思い続けて、初めて見た鮮明な写真がコレである。
まずは空中から俯瞰した写真。
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これは、昭和30年頃の加古川工場と印南工場を空から見ている。
右に国鉄山陽本線、左にニッケ専用線が見える。
専用線は川を渡った後、右カーブして国鉄線に寄り沿い、
印南工場に入っているのがわかる。
おおー、橋が明確に移っている写真を見たのは初めてだ。うれしい。
細い影が河原に落ちているので、桁は相当薄いものだったようだ。

そして、はじめて対面したのが次の写真だ。
画像

なんとゆうことか・・・・
こんなモノが、実家から犬の散歩で行ける程度の距離にあったのか・・・
実際にここまでポメシバ犬と黒ラブ連れて何度も散歩に行ってるし。
現役トロッコや、かつてトロッコが存在した痕跡を求めて全国を旅し、
トロッコには明るいほうだと自負していたが、
灯台のもとがこんなに暗かったとは、驚き。
やはり身近なところほどミステリーがあるようだ。

しかし、前回掲載の地形図でもそうだが、
印南工場内で異様に軌道がカーブしていることや、
船頭集落内にあった煉瓦橋台が妙に小さかったことから、
「まさかナローなんてこと無いわな」と思っていた。

興奮で頭がボーッとしているが、写真を分析してみたい。
撮影場所は背景に高御蔵山らしき山が見えているので、
加古川工場側から印南工場を眺めている。
軌間は、工夫の靴二足分ぐらいなので、恐らく500mm。
動力は、レール間にワイヤーらしきものと、
等間隔にプーリーと思われるものが見えるので、
おそらく軌道始点(スペース的に印南工場?)
の巻き上げ機でトロを牽引しているのだろう。
トロの台枠に錘つきの横棒が出ているが、
これを工夫が踏むことによって、自走も可能らしい。
トロがワイヤーから外された後の移動は人力に拠ったと思われる。
複線となっているが、トロが往復できるようになっていたようだ。
写真にも数両のトロが写っているが、それだけ運搬量が多かったのか。
その運搬物は、記録によれば「石炭」らしい。
加古川工場で国鉄貨車から荷卸した石炭を、
トロに積み込み、印南工場へ送っていた。
写真では、なにか違うものを乗せているようである。

橋脚は細い鉄製。橋桁は木製かもしれない。
手摺や踏み板は木製だ。
橋脚のコンクリートのピアが近年まで残っていたが、
JR加古川橋梁が架け替えられる際に、
船頭集落の橋台と共に撤去された。
橋の渡り口には立て看板が見える。
工場関係者以外の通行を禁止していたのだろう。
また、橋には照明塔も見える。
24時間操業をしていたのか?

河原に多数の人間がいる様子が見える。
印南工場操業開始時の記念写真か?

この写真により、国鉄宝殿駅からの専用線は、
別物であることがわかった。
宝殿から印南工場内の1067mm専用線(社機関車)と、
印南工場~加古川工場のナロー、
そして加古川工場内に引き込む専用線1067mmがあったことになる。

次回は工場内の配線の様子を推測してみたい。

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